潰瘍性大腸炎、クローン病、家族性ポリポージスのほか、さまざまな要因でイレオストメイトになった方、今からなるかもしれない方、また、関心のある方の情報交換の場にしたいと思います。是非、ごらんになった方は、匿名、ニックネームで結構ですので、事務局あてにご連絡ください。内容を吟味して紹介させて頂きます。
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| 神奈川支部・須田 紗代子さんの症例 |
病歴 |
昭和46(1971)年 1月
昭和46(1971)年10月
昭和52(1977)年10月
昭和62(1987)年 |
直腸にポリープ発病
直腸ポリープから直腸潰瘍に変化の後、潰瘍性大腸炎と診断される
大腸全摘出手術により、イレオストミー(回腸人工肛門)となる。
互療会(オストミー協会の前身)に入会。
身体障害者手帳4級を取得 |
術後2年目には着付けを習う。
術後3年目にはPTAの役員にさせられ、外出の自信がつく。
術後6年目には、フルタイムで会社勤めを開始。
平成18年に退職後、平成19年に神奈川支部事務局長としてお手伝いを再開。 |
関心のあること(好きなことも含む) |
旅
18切符で旅行をすること。
(神奈川支部の方から2年ほど前に教えてもらってから、病み付きになりました。)
18切符で行ってきたところ
黒部ダム・上高地・静岡・奈良・京都・郡上八幡・広島
18切符で行きたいところ
北海道を一周
普通列車で旅してきたところ(障害者割引を使ってする旅)
足利フラワーパーク・河津ざくら |
ストーマになった原因 |
| 潰瘍性大腸炎により、大腸全摘出によりイレオストミー |
ストーマの状況 |
3年前まではフラット(平型) 凹凸あり、強いては陥没。しかし漏れもなく皮膚の管理も順調。
自分としては別に困ってはいなかったが、老後のケアを他人にお願いすることを考えて、WOC(専門看護師)の薦めもあり、3年前にストーマ引き上げ手術をした。
手術の結果、2センチぐらいの高さとなったが、ストーマの周りの脂肪がストーマ管理を難しくして(火山の噴火口の中に2センチの高さのストーマがあると創造してください。)、引き上げ手術後の2ヶ月は、漏れがひどくて泣きました。
今は亡き先輩の紹介で、東京の病院のストーマ外来を訪ねアドバイスを受け、それからは、うそのように、漏れもなく順調で現在に至っています。 |
使用している装具&ストーマケア用品 |
@ アシュラセルフプレートLC プレカット ストーマサイズ35ミリ(コロプラスト社製品の凸面)
★引き上げ前はバリケアナチュラフランジ45ミリ ツーピー型& コンベックスインサートS
A クローズパウチ(代用品として台所用ポリ袋(0.02mm×150mm×250mm)使用
B バリケアペースト
C キャビロン皮膜スプレー(ノンアルコールに付、皮膚に障害があるとき使用)
又はスキ ンプレップ(アルコール入りに付、皮膚に障害の無いとき使用)
D アルケア固定ベルト(ワンピースパウチ用固定具)
E 直径10cm位のカップ(電子レンジ用即席食品の容器を使用)
=取り外した袋を一旦置く場所(下痢の場合でも深さがあるので流れ出さない)
F パウチカバー(ガーゼのハンカチで代用)
G 脱臭シート(アルケアのオドレスシートS)
H マイクロポアースキントーン(テープ)
(外出時の便漏れの応急処置&フランジの淵の乾燥止め&かゆみ防止に使用)
I 専用バケツ&専用洗面器&ガーゼのハンカチ (入浴又は漏れた時に使用) |
病気と私 |
昭和44年に結婚。
その一週間後に義弟が事故で死亡。
その一週間後から40度の高熱が続くようになり、腎盂腎炎と診断され3〜4ヶ月ごとに入退院を繰り返す生活となる。それまでの私は、大きな病気もせず20数年過ごしてきました。
明治生まれの母から、子供を生めば元気になる人もいるからと、産婦人科を受診しました。
そこで又、子宮発育不全の、子宮後屈という子供はできにくい診断を受けました。しかし幸いなことに、昭和45年10月に長男を出産することができました。
ところが、その3ヵ月後に“お産のときに縫った傷の悪化?”かと思うような血がトイレットペーパーに付いたので、取りあえず、子供を産んだ産婦人科の診察を受けましたが、これは、肛門からの出血のようなので、胃腸科で診察を!といわれ、近くの胃腸科を受診しました。そこの診察の結果は、“直腸にポリープができている。”という診断でした。その結果を持って、産婦人科に行って、東京の日赤中央病院を紹介されていきました。まだ、乳飲み子を抱えていたので、“授乳が終わったころに又いらっしゃい”といわれて、少しずつ出血の量は増えていましたが、その年の10月に診察に行きました。そこで、入院して検査をしたら、ポリープは消滅して潰瘍になっていました。その結果、潰瘍性大腸炎と診断されました。
子供を産めば元気になるどころか、さらに別の病にかかってしまったのです。
昭和46年から数年は粘液と出血の繰り返しで、デカドロンとサラゾピリンの内服治療でした。注腸検査で、直腸のほうから小腸に向かって検査のたびに悪くなっているのが良く分かりました。3ヶ月ごとに入退院の繰り返しで、発病後3年目ぐらいからは、子供の幼稚園行事にも参加できないくらいになっていました。息子は、私の母が育ててくれたようなものです。入院中は、よちよち歩きの孫を背中に負ぶって、電車に乗って藤沢から東京渋谷の日赤に通ってくれました。夜は、自分の出ないおっぱいを吸わせて、孫と共に泣いたそうです。
私もやはり、人工肛門はどのようなものかの想像もできず、ただ“お腹に袋を付けるのはいやだ”と思う一心で生活しましたが、とうとう体力も限界に来て先生に“手術してください”と話しましたのが、発病から6年後の昭和52年(30歳)でした。先生は、待ってましたとばかりに、即入院させられました。ステロイドが少しでも体から抜けるのと、体力の限界までの時期を見計らってくださり、大腸全摘出で、イレオストミーの手術を受けました。
手術前の数年間は、近所にお使いも出来ないくらいのつらい日々が、続いていました。
術後の入院生活では、周りの人に対し、排便の臭いでノイローゼ気味になり、お医者さんにお願いして、当時では異例の3週間で退院。その後、自宅療養に切り替えました。
当時は、両親に、”子供のために頑張れ”とよく言われました。が、”なぜ、私だけがこの様な目に?”という思いが強かったように思います。しかし、手術前のつらさに比べれば、ストーマ管理の方が楽に日々を過ごす事が出来ている事に気づきました。
それからは、着付けを習い、PTAの役員を受けることになり、外出する自信が出来、術後6年目からは、フルタイム(残業あり)で働き始めました。
働くにあたり、会社には、ストーマ保持者である事は伝えました。当初は、朝食をコントロールしながらの勤務でしたが、数年後には、健常者となんら変わらない生活が送れるようになりました。
かえって、私のほうが健常者より元気と見られる今日この頃です。
装具はツーピースのクローズタイプを使用していましたが、最近は、インターネットで教えられた方法(パウチの中にポリ袋)を応用して、クローズタイプのパウチの代用装具を使用しています。
3〜4日で入浴時にフランジの交換をしています。そのときは、ストーマのまわりにシャワーを当てて血行を促します。又、少しでもかゆみを感じたら、3日以前でもフランジを取り替えます。そうしないと、直ぐ皮膚のトラブルが発生します。
今、皮膚のトラブルはありません。 |
皮膚のかゆみ&肌荒れ対策 |
| 品 名 |
メーカー名他 |
効 用 |
| 保 護 テープ(通気性有り) |
マイクロポア |
◇(3M社)(肌色・白色あり) |
◇保護剤の溶けを予防。
◇面板の角と皮膚とのスレも予防 |
| デルマポア3号 |
◇ アルケア (伸縮サージカルテープ) ◆ 強く引き伸ばして貼り付けない事 ◆ しわにならない様に貼る |
◇水は通さず、酸素、水蒸気は通す 入浴水泳、装具のハガレ防止
◆ デルマポアを貼った上から、モデフールクリーム(市販の非ステロイド系外用剤)を塗ると、湿疹、皮膚炎、かゆみの改善が見られる |
| シルキーライト |
◇ アルケア |
◇手で切ることが出来る |
| 保 湿 |
セキューラML (保湿ローション) |
◇スミス&ネフュー社 |
◇うるおい与え皮膚を保護
◇塗ってすぐにでも装具が貼れる |
セキューラDC (保湿クリーム) |
◇スミス&ネフュー社 |
◇乾燥肌に潤いを与える
◇装具は、よく乾かしてから貼る |
| 被膜剤 |
リモイスコート |
◇アルケア |
◇皮膚に皮膜を作り面板が貼りやすくなる |
| キャビロン |
◇3M社 |
| サニーナスプレー |
◇花王 |
◇リムーバ(装具はがし)の代用
◇肌に優しい・パウチの中に噴きかけ汚れを取りやすくする |
| リンデロンVローション |
◇医師処方薬 |
皮膚のカブレ等に利用。医師に相談 ◆取り扱い要注意 |
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あると重宝するもの |
| 品 名 |
メーカー名他 |
効 用 |
・オドレスシート ・ボンボンプロフィル |
◇アルケア |
脱臭シート |
シート 凝固 |
Aキャッチ キャッチャーユー |
◇エイパック ◇ノアケミカル |
・下痢のとき、または、イレオストミーの人には、ゼリー状に固まるので処理がし易い |
| リモイスクレンズ |
◇アルケア |
・水なしでも装具交換が出来るので、携帯・災害に便利 |
| デオファインパウダー |
◇アルケア
(ミントのかおり) |
・パウチの中に入れる
・排便のときの臭いの悩み解消 |
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経験者の工夫 |
| @ |
突然漏れが発生した時に、ビニール袋とテープで仮処置をしておき、落ち着いてから交換する。 携帯用濡れティッシュを携帯していると便利。 |
| A |
汗、むれなどの予防にガーゼなどの袋、ハンカチでパウチをカバーする。 突然の漏れで、衣類を汚すことも少なくなる。 |
| B |
自宅でお風呂・浴槽に入る時(交換日等) キッチンペーパー・ゼリーの空容器などでストーマを保護しながら入ると安心。 |
| C |
ヘルニア予防にヘルニアベルトを着用した方が良い。 |
| D |
腹帯チューブ(エイパック)(切ってもほつれない腹巻)も便利。 |
| E |
フリーカット装具の穴あけは、ミシン用糸きり(300円くらい)でも代用できます。 |
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イレオストミーの声 |
| 浜松市 (イレ)神原 豊扶 |
自分は平成14年6月、下腹部動脈瘤発見、直径36mmで拡大監視の経過中、平成16年4月27日午後7時、大動脈乖離発症、同夜大動脈の下腹部を人工血管に置き換え手術、一旦終了後、数時間後には虚血性腸管壊死が発覚して再手術、大腸全摘出、小腸大部分(残腸1.5m)摘出、延べ200日超の入院治療後、在宅中心静脈栄養法に切り替えて退院。自宅療養開始。以降は、開業医に中心静脈栄養法の指導管理を依頼し現在に至っております。
平成16年12月退院後ネットの中を彷徨いながら情報収集を試みましたが、自分の知りたい事見つかりませんでした。そんな折、須田様のページを拝見し、いろいろと教て頂ければと思い、メールを送信いたしましたが不調の様子で諦めました。
本日たまたま開いた、社団法人日本オストミー協会神奈川支部のホームページ内で、須田様のお名前を発見いたし、勝手に懐かしく思いお便りを差し上げました。
自分も平成18年6月にホームページを立ち上げ、公開して情報収集を計っています。術後5年経過しましたが、その間いろいろありましたが、岩手のイレオストミー患者でもある医師や、多くの同病者から教えられ、難事を乗り切り、現在は48時間の中心静脈栄養法以外は健常者と同様な生活を送られるまでに回復しております。
大動脈乖離の5年後生存率何パーセントなどと言われていましたが、何とか術後5年を経過したのを機会に【イレオストメイトの実録日常生活】と称する記録をホームページで下記文言と共に公開いたしました。
「大動脈乖離発症よりまる5年経過直前の、平成21年3月16日〜3月
22日までの7日間、食事内容、数量、飲料水等種類、数量、排便回数、排便量、排便状態、排尿回数、排尿量、体重、体温、血圧、脈拍を測定して記録したものである。
何の予備知識も無いまま、ある日突然、短腸症になり、ストマー保持者としての生活を強いられるのを、術後二週間経ち、自意識の戻った時に初めて知った。入院中はともかく、退院後の生活はまさに暗中模索であり、良否の判断もつかぬまま日常生活を送って来た。
5年の歳月をへて、肉体的にも、精神的にもある程度の落ち着きを得る事が出来、自分なりの日常生活を認め、受け入れる事が出来たのではないかと思っている。病名は同じでも、同じ症状の患者はいないと思っている。
誰にも出来ない経験、自分だけの記録であるが、誰かの役に立てれば、参考資料として役だつ事が出来ればと思い、一週間ではあるが記録として残すことを思い至った次第である。
別録として、平成14年6月、下腹部動脈瘤発見までの経過、平成16年4月27日大動脈乖離発症までの経過も、残っている記録を併せて収録しました。
最近は情報も氾濫気味ではありますが、なかなか実録にはお目に掛かれません。自分の排泄物に関しても、言葉による説明だけで理解に苦しみましたが、今回のような画像で示して頂ければ、水様便なる物も理解しやすく、同病者にも自分の排泄頻度、排泄傾向等もある程度納得して頂けるのではないかと思っています。 |
| 【我は イレオストメイト】 |
| イレオストミー関連記事 |
| 東京新聞2006年9月8日 |